焼け跡からの復興
戦後の大阪市内♪ ♪ 赤いリンゴに唇寄せて、黙って見ている青い空、リンゴは何にも知らないけれど、リンゴの気持ちは良く判る、リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ ♪ ♪
あの並木路子が歌う声が、戦争で焼け野原になった、大阪市内でラジオから流れてくるのを耳にしながら、私は大阪駅前からナンバまでの御堂筋を歩いていたのであります。

当時は大阪駅前の闇市で、中古カメラが並んでいるのを見ながら、指をくわえて我慢の連続でしたが、ある日のこと焼け残った阪急百貨店での中古カメラの即売会が目に付き、逸る心を抑えながら飛び込んでいたのでありましたした。

何処から集めたのか、懐かしいカメラ「ハンドカメラ、セミイコンタ、ミノルタフレックス、ローライコード」等それはあらゆるカメラが一堂に集められて販売されていたのでした。それに当時の価値では非常に安く、私でも購入できるほどの価格でしたので、想い出のカメラを購入し、帰宅してはそのカメラを眺めたり、手入れをして楽しんでいました。

話し忘れていましたが、当時私はある人の紹介で郵便局の電信課に勤務していましたが、電信課は殆どの勤務が泊まりでしたので、あくる日は明け勤務となり、昼は毎日仕事が無く退屈していましたので、阪急百貨店の休日以外は毎日カメラ売り場に出掛けて、今で言うウインドウショッピングよろしく、好きなカメラとのご対面
を繰り返していたのであります。

このようにして、郵便局の電信課に勤務出来たのは、航空通信学校での経験から、電報の発信や受信の仕事に就けたので、当時としては給料もたっぷりと頂いていました。勿論宿直手当が多いこともありましたが。

この続きはまたのことにしまして、今回はここらでおしまいに致します。最後まで熟読有難うございました。
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by otc123jp | 2009-06-19 15:45 | 戦後の想い出
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